隋神門の伝説

神無月、全国の神々は出雲に集って神政を行うことになっていたが、ただ備後の吉備津宮のみが参集しなかった。
大国主命は心配し、二度にわたって使者を遣わしたが、その時吉備津宮は大祭のまっただ中であり、二度の使者はいずれも手厚い歓待を受けて役目を果たせず、そのまま吉備津宮に仕えて随神となった。
そのため吉備津宮には随神門が二つあるのである。